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今日は、 特に書くことがない。 それでいい日。
前は、 迷うと 誰かに確認したくなっていた。 今は、 迷っても 外を見にいかない。
前は、 迷いがあっても 人の目を気にして進んでいた。 今は、 迷いがあると 自分で 進むか止まるかを選べる。
すぐ決めない自分を、 前よりも信頼できるようになった。 迷っている時間も、 判断の一部だと思えてきた。
以前は、 迷いがあると判断できなかった。 今は、 迷いがあるからこそ、 どこで立ち止まるかを選べる。
迷いがなくなったわけじゃない。 ただ、 迷っていること自体を ちゃんと認識できるようになった。 それだけで、 判断の持ち方が変わった。
一拍置いても、 それでも迷いが残ることがある。 最近は、 無理に消そうとせず、 そのまま持って進むことを選ぶ。
迷ったときに、 反射的に外を見にいかなくなった。 一拍おいて、 自分の中に何があるかを確かめる。
迷ったときに、 すぐ決めないで 一拍置くと決めた。 それだけで、 外に答えを探しにいく癖が 少しずつ弱くなった。
迷いが消えたわけじゃない。 ただ、 迷ったときに 誰かの正解を探しにいくより、 自分の中を見にいくようになった。 それだけで、 判断の質が変わった気がする。
最近、 決めるまでに 余計な説明を 頭の中でしなくなった。 判断が速くなったというより、 引っかかりが減った感じがする。
最近、 迷った時に 「どう見られるか」を 基準に選ばなくなった。 それだけで、 判断がずいぶんシンプルになる。
変わろうとしている感覚はない。 ただ、 前なら選んでいた反応を 選ばなくなっている場面がある。 それに気づいた時、 少しだけ安心する。
前みたいに、 誰かの反応を基準に動いていないことに、 あとから気づく瞬間が増えた。 大きく変えた実感はないけど、 戻り方を忘れつつある気がする。
反応を探しそうになる自分に気づいて、 一呼吸おく。 その間に出した判断の方が、 だいたい後悔が少ない。 最近は、 その感覚を少し信用している。
主導権を取り戻したつもりでも、 大事な場面ほど、 無意識に誰かの反応を探してしまう。 それに気づけるようになっただけでも、 以前とは違う場所にいる気がしている。
以前は、 判断に迷うたびに 誰かの反応を待っていた。 最近は、 決め切れなくても 自分の手元に判断を残すようになった。 正解かは分からない。 でも、前より静かだ。
主導権を外に渡していたことに 気づいてしまった以上、 もう前と同じやり方には戻れない。 それが正解かどうかは分からないけど、 少なくとも、 見ないふりはできなくなった。
昔は、 自分で選んでいるつもりで、 判断の基準はいつも外にあった。 誰にどう見られるかで 行動の可否を決めている限り、 主導権は取り戻せないんだと思う。
続けるか、やめるか、ではなくて。 今の問いは、 「誰の判断で続いているのか」 という方が近い気がしている。